中小企業がマーケティングに失敗する10の理由(その3)

マーケティングに成功するための4つのキーワード

2.5つの質問

マーケティングに失敗する理由の5「売れている理由が共有されない(全社の取り組みになっていない)」は、企業のミッション(社会的使命)や事業目的が不明確あるいは曖昧なために、現場の社員さんがそれぞれの考えや理解によって行動や仕事をしている可能性を示しています。

「われわれの事業は何か。何であるべきか」との問いに対する答えをそれぞれが持つ。(中略)上から下にいたるあらゆる階層の意思決定が、それぞれ相異なる両立不能な矛盾した企業の定義に従って行われることになる。お互いの違いに気づくことなく、反対方向に向かって努力を続ける。まちがった定義に従って意思決定を行い、行動する。(中略)あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、「われわれの事業は何か。何であるべきか」を定義することが不可欠である。
(中略)企業の目的としての事業が十分に検討されていないことが、企業の挫折や失敗の最大の原因である。逆に、成功を収めている企業の成功は、「われわれの事業は何か」を問い、その問いに対する答えを考え、明確にすることによってもたらされている。

(『マネジメント』第1章 企業の成果 3事業は何か)

この中でドラッカーは「事業が上手くいかないのは、それぞれが異なった事業の定義づけをしてそれぞれの考えに基づいて行動するから」だとしています。
ドラッカーは数々の著書の中で経営に関する様々な問いを投げかけ、それに答える形で経営や組織管理について述べており、この「事業を定義づけるための問い」も投げかけています。

それをまとめたのが、『ドラッカー5つの質問』(山下淳一郎 著)です。

1.われわれのミッションは何か?
2.われわれの顧客は誰か?
3.顧客にとっての価値は何か?
4.われわれの成果は何か?
5.われわれの計画は何か?

この5つが明確であれば、現場の社員さん一人一人が自社と事業を同じように理解し、一人一人が自分がやるべき仕事に取り組めるようになります。
恐らくこの事業の定義についても「我が社では経営理念があり、皆それを理解しているから大丈夫」と考える方もいるかと思います。
もしそれが本当なら、その会社では誰もが「売れる仕組み」ができており、「売れない」という人はいないはずです。
この売れる「仕組みを作る」というのがマーケティングなのですが、これは経営者や経営幹部だけでできるものではなく全社員で取り組むべきもので、全社員が関わらないと「売れる仕組み」は出来上がりません。

さらに、全社員で取り組まないと仕組みの土台となる「顧客情報の共有」が不十分になり、「誰もが」売れる仕組みにはならないのです。
そのためにも、社員さん一人一人が「自分は誰の何のために仕事をしているのか」あるいは「自分達の仕事は社会のどのようなことに貢献しているのか」を正しく理解している必要があるのです。
『ドラッカー5つの質問』の中で山下氏はミッションについてこう述べています。

①事業を通じて社会に貢献したいこと
②理念を具体的行動として示したもの

理念とは社会に対する、あるいは事業への「想い」であり、経営していく上で必要なものです。
その想いの「熱さ」や「高さ」が人の心を動かしていきます
ただし、理念は「想い」であるだけに言葉の意味は幅広く、下手をすれば抽象的になりがちで、それを明文化した人以外にとっては時にこんな疑問が湧いてきます。

「想いはわかったけど、何をどうすればいいの?」

現場の社員さんにとって想い以上に重要なのが、目の前の仕事に対して「どう向き合えば良いのか」「どうすれば役に立つのか」という具体的な行動です。
だからこそ、想いである理念を「誰のどのような問題に対して何をもって貢献するか」という具体的行動として示す必要があり、それがミッションだということです。
ミッションが正しく定まることで、社員さん一人一人が自分が何をすれば良いのか、どのような仕事をすれば顧客に喜ばれるのか理解できるようになります。
顧客に関する情報が集まるようになり、情報共有のレベルも上がっていきます。
つまり会社の誰もが「我が社は何で社会に貢献している」と答えることができるようになるということです。

このことから、ミッションは外部に伝わりやすく、仕事上の顧客だけでなく採用における求職者にも大きな影響を与えることがわかっています。
採用におけるマーケティングの重要性を説いた『すごい採用』(大谷昌継 著)では、事業を通じて社会に貢献したいことを表したミッションはつまり企業の「存在意義・存在価値」につながるものであり、求職者でも特に新卒の学生さんにとってはそれが「会社を選ぶ理由」になっていると書かれています。
ミッションが不明確であったり、「社会への貢献」が時代に合っていない、あるいは将来性に不透明さが感じられるといった理由で内定を辞退する学生が近年増えているということです。

ITが進化し今や誰もが簡単に情報を取得することができるので、いくら企業側が見せたいところだけを発信しても、消費者や求職者は周辺の関連情報を集めていわば「リスクヘッジ」しようとし、スマホやSNSによってそれが可能になっています。
つまり、現代の市場は完全に「買い手市場」になっており、特に知名度の低い中小企業においては自社が「選ばれる側」であることを理解しておく必要があります。
(一般的に採用市場においては求職者側を「売り手」としていますが現代は「来てもらう側」という立場から、採用市場でも企業側が「売り手」と考えるべき)

事業の定義は常に行う

「ドラッカー5つの質問」は事業を定義づけるためのものです。
事業の定義づけが必要な理由をごく簡単に言えば、全社員がそれぞれの解釈で仕事をしてしまうことを防ぐためです。
ドラッカーは『マネジメント』の中で、企業の目的は「顧客の創造」であり、それ以外ないと断言しています。
それぞれの企業が組織的に顧客を創造するためには、自社の「顧客にとっての価値(顧客価値)」を明らかにし、全員がそれを理解し市場に働きかけることです。
つまり、社員それぞれが別々の解釈で仕事をしていては業績は上がらないということ。
企業の業績を上げるには事業の定義づけをし、それを全社員で理解共有し、全社員が同じ目的(顧客価値の満足)で仕事をしなければなりません。

ただ、ここで注意が必要なのが顧客価値です。
中小企業の場合「我が社の強みは~」と自信を持って言いますが、大抵の場合それは強みではなく「特徴」であること多い。
強みとは顧客が自社を選択してくれる理由「買う理由(売れる理由)」であり正に顧客価値であるはずなのですが、そうではないことが多い。
その理由は、顧客にとっての価値である以上その答えは顧客の中にあるはずですが、顧客に確認せずに「我が社の強みは~」と言っている、つまり「自称強み」であることが多いからです。
ドラッカーも顧客価値は「憶測せずに顧客に聞かなければならない」とし、なぜなら顧客価値は複雑で潜在的だからだと言っています。

ニーズとは「不足した状態」のことであり、ウォンツは「具体化されたニーズ=商品そのもの」です。
言い換えればニーズとは「欲求の理由や背景」のことであり、それが生まれることで商品・サービスが求められます。
この「欲求の理由や背景」は人それぞれで、それぞれの環境や考え方、価値観に基づいて生じるものですから、そう簡単にはわかりません。
この顧客価値をはじめとする顧客のことを知るための取り組みこそがマーケティングであり、「顧客の創造」のために企業が持つ機能の一つだとドラッカーは言っています。
顧客のことを知るための取り組みをせずに「自称強み」を基に仕事をしている企業は、言わば企業が持つ機能が働いていない状態であり、それゆえに「顧客の創造」ができていないということです。

ドラッカーはさらにマーケティングによる事業の定義は「常に行わなければならない」と言います。
なぜなら、時代とともに人口動態は変化し価値観も大きく変化するからです。
特にドラッカーが強調したのが、多くの企業は事業の定義を業績が悪化してはじめて行うため、余裕が無いことから中途半端になり、結果的にそれが破綻につながると言っています。
これを簡単に言うと、売れている理由がわからないまま(あるいは自称強みを理由として)売っていると、売れている間は良いですが一旦売れなくなると理由もわからず売っていたので(自称強みが理由だった場合はそれが否定されたので)手の打ちようがなくなるということです。
つまり、マーケティングによる事業の定義は常に、特に業績が良く余裕がある時ほど行っておくべきことだということです。