プロフィール

寺内 不二郎

はじめまして、TAOの寺内不二郎です。

私は、小さい規模の会社や自営業の方のマーケティングのサポート、特に広告やインターネットの活用の仕方が初心者でよくわからない、という方向けのサポートをしています。

ここでは私のプロフィール、これまでの経歴をお話するのですが、その前に私がなぜ小さい規模の会社や自営業の方のマーケティングのサポートをすることになったのかをお話しします。

自律型マーケティング

お客さんを集めるためには広告をうたなければならない、最近ではホームページは最低限必要だ、などとよく言われます。

345449ca11dc312f0a2d606f879d0fb8_sまた、同時に広告やホームページを作る際に「良いものはお金をかけないと作れない」とも言われます。

確かに広告やホームページが必要であることは間違いありませんが、それらを作るのに「良いものはお金をかけないと作れない」というのは明らかに間違いです。

それどころか「マーケティング計画」が無いうちからそれらを作ってしまったら、何の効果も無いままにお金をドブに捨てるような行為で、費用を回収できずに大損害になってしまいます。

実は私は現在に至るまでに広告に関する3つの会社で働いてきたのですが、いずれの会社も、いや広告関係の大半の会社はこのような間違いを犯しています。

つまり、大半の広告関係の会社は広告物やホームページといった「モノ」づくりのノウハウはありますが、それらを活かすために必要な「マーケティング」についての理解が浅い場合が多く、「モノ」を作ることが目的になっているのです。

その上で、作成にはこれだけの費用がかかる、良いものを作るのだからこれだけの費用はかかる、と当然のように請求します。

規模の小さい会社や自営業の方は何十万、時には何百万、という費用は出せませんから、広告会社は引き受けてくれず、何もできないか、出せるだけの費用を出させて全く効果の無いことをしているのです。

例えば街中で配布される手配りのチラシや新聞折込のチラシなども、誰に向けて、何のために、何を伝えるのかを事前にキチンと計画を立てて実施しているところはほとんど無く、実施後の反響調査をしているところは皆無です。

なぜなら、それをするには手間暇がかかり、人手と時間とその分の費用が必要だからです。

実際私が勤めていた会社でも決められた費用が出せないところの仕事は「引き受けてはならない」ことになっていました。

「モノ」を作るのに費用がかかるのは当然ですが、「お客さんを集める」上では広告やホームページといった「モノ」を作ることがすべてではありません。

それ以前に「お客さんは何を求めているのか」を知り、「提供できる最大限の価値をどのように生み出すのか」、そして「その価値をどのように提供するのか」を考え、それらを「仕組化」すること、つまり「マーケティング」が必要です。

そしてこのマーケティングは基本的に自分達でやれることなので、自分達でやればほとんど費用はかかりません。

また、最近は広告やホームページといったモノづくりも自分達の手で作れるようにもなってきており、ますますそこにたくさんのお金をかけることの意味がなくなってきています。

それなのに、未だに広告会社の言いなりにたくさんのお金をかける、あるいはお金がないから何もできないと考えている方がいます。

これは外部に依存した「他律」の状態です。

しかし、今の時代は会社も働く個人個人も「自律」した仕事を求められています。

だから私はそのような間違った取組みや考え方を正し、特に困っている方の手助け、「自律」のお手伝いをしようと思い、独立して現在に至るわけです。

前置きが長くなりましたが、まずは私のこれまでの経験と気づきをお話しさせて頂いて、規模の小さい会社ほどマーケティングが必要、なぜ「自律」が必要なのかということについてご理解頂ければと思います。

 

プロフィール

印刷業界の劇的な変化

私は昭和46年1月30日、京都府城陽市寺田という郊外の小さな町で生まれました。

父は京都市内の小さな出版会社で編集の仕事をしていました。

母は父とその会社で知り合って結婚をしたので、家庭に入ってからも自宅で父の編集の仕事の手伝いをしていました。

家にはたくさんの書籍が山積みされていたので、私も自然と小さいころから活字に慣れ親しんでいました。

大学を卒業して就職する頃はちょうどバブルが弾けた時だったため、その前年とは打って変わって就職が難しくなっていましたが、縁なのか、たまたま面接を受けた大阪の小さな印刷会社に就職が決まりました。

その印刷会社(A社)は、私が入社する同じころに大阪の大手学習塾に吸収合併して子会社になり、面接した頃には印刷機がありましたが、入社して間もなく印刷現場は切り離されて捌会社に引き取られていきました。

入社したころは、バブル崩壊と同時に、業界としても大きな転換期にありました。

印刷会社に入ったのに印刷機はなく、社員も半分はその学習塾の会社から出向してきた人たちなので印刷の経験のない人ばかり、というとても変わった状態でした。

しかし、実はこのような状態は、印刷業界全体で起こっていました。

cbbe1fbdd79871680e400269186dc14b_s現在iPhoneで有名なアップルという会社の「Mac」というパソコンによってもたらされた「DTP(Desk Top Publishing)」直訳すると「(パソコンによる)机上での印刷出版活動」という変化が起こっていたのです。

これまでの印刷・出版というのは工程ごとに職人が存在する、いわゆる「職人仕事」でした。
例えば文章を書くコピーライター、写真を撮るカメラマン、デザイン・レイアウトをしていくデザイナー、編集者、写植、版下、製版、そして刷版、印刷、製本と、とにかくたくさんの職人さんが、それぞれ専門で熟練の「職人仕事」をしていました。

「DTP」というのはこの内のデザイナーから版下までをパソコンを使って作ってしまう、という画期的、いや業界の仕組みが変わるほどの大変革だったのです。

実はこの頃「ウィンドウズ95」が発売されて爆発的ヒットとなり、世の中全体がまさしく「パソコン(パーソナルコンピュータ)世代」となっていった時でもあり、また同時にインターネットも急速に普及し始め、インターネットと融合したデジタルで簡略化された情報発信、伝達の仕組みの変革「IT革命」と言われた時でした。

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そのような環境変化の中で私が見たものは、誰でも簡単に情報を発信することができるという技術の登場と、それまで「職人技」を身につけ頑張ってきた人たちの「リストラ」でした。

これは当時の印刷業界全体で起こっていたことですが、私が入社したA社も先にお話した通り、印刷機と職人さんを社外に放出し、反対に「Mac」を大量に購入して私のような素人の新卒者に与え、「新しい」印刷・出版の仕事をするようになりました。

職人さんたちはどんなにあがいても、これまで培ってきた「技術」を捨てて、新しい技術を取り入れていくしか方法はありませんでした。

また、この頃は先にもお話しましたが、バブル崩壊直後で世の中全体が不況に突入した時でしたから、業界問わず同じようなベテランの方たちが大量に放り出されました。

バブルの崩壊はこれまでの日本的経営の特徴であった「年功序列」「終身雇用」というスタイルも同時に崩壊したと言われました。

私はこの時初めて「自律」ということを強く感じました。

正確には、この時は「自立」という言葉しか頭にはありませんでしたが、とにかく「時代の変化、世の中の変化」には誰も逆らえない、だからこそどんなことがあっても倒れないだけの強固かつ柔軟な実力を身につけ、一人でもやっていける力を身につけなければならないと強く思いました。

既存顧客の大切さ

このA社は大半が印刷に関して素人というだけでなく、出向社員であるために会社への愛着もほとんどないという人たちばかりでしたので、私もパソコンとDTPについて学べたところで次のステージを求めました。

次は実際に印刷機械を持っている印刷会社で営業を学びたいと考え、やはり大阪の印刷会社(S社)に入社、希望通り営業に配属され再スタートを切りました。

a4dec797c9740a9322acbcffa69c9e03_sS社は印刷向上を持つ純粋な印刷会社でしたが、やはりDTPの新しい変化の中で、印刷会社から「広告制作会社」を目指していました。

印刷会社は広告が中心の商業印刷系、出版系それと新聞印刷と大きく3つに分かれており、一番多く中小規模の印刷会社はほぼ商業印刷系です。
(チラシやカタログ、パンフレット、POPやパッケージなどの印刷が商業印刷です)

A社、S社も商業印刷系の会社で、規模も中小の小の会社でしたから、おもに広告代理店の下請けとして印刷をしていました。

それがDTPによって、「印刷だけ」の下請け仕事から、自分達で「仕事が創れる」ようになり、会社を大きく変えるチャンスを迎えていました。

この時印刷会社に求められていたのは「広告」に関する知識と創造力、さらに印刷物の品質管理の力でした。

しかしS社は根本の印刷の品質管理において職人さんリストラでミス・クレームを招き、さらに「広告」という新しく取り込もうとした分野においても、その根本である「マーケティング」というものを会社として取り込むことはできませんでした。

S社ではマーケティングについても、広告代理店に勤めていた「人」を取り込むことで会社がマーケティングを獲得し、印刷会社から広告会社に脱皮できると考えていました。

例えて言うと、「Mac」というDTPで良く使われるパソコンと印刷物を編集する「イラストレーター」というソフトがありますが、その会社の経営者は「マーケティング」の知識を持った「人」を、この「イラストレーター」の入った「Mac」のように考えていました。

確かに印刷におけるDTP登場という変化においては「イラストレーター」の入った「Mac」を購入すれば、それだけでこれまでとはまるで違う印刷会社に変わることが可能でしたが、「マーケティング」はそういうわけにはいきません。

広告代理店、広告会社は会社として「マーケティング」の知識と経験・実績を持っており、それら経験・実績から生み出されたさまざまな手法が商品です。

ですから、その中の一部の人だけを会社に取り込んでも、相応の仕事はできるかもしれませんが、それだけでは広告会社になり得ないのです。

この時の印刷業界の変化が、今日のこの印刷会社の専門性もなく、広告会社ほどのマーケティングの知識・実績も無い「広告制作会社」という中途半端な位置づけの会社を増やしてしまった要因ではないかと思います。

そんな中で、私はS社には印刷会社の営業がやりたくて入りましたので、会社や業界が必死で目指していたのとは違う方向を目指していました。

また、広告会社を目指していたとはいえ、マーケティングの知識も実績も無いわけですから、お客さんが求めるだけの品質の広告が創れないので、業績は伸び悩んでいました。

印刷機を持っている印刷会社は、とにかく印刷機を回し続けないといけませんので、私のような地味な下請印刷営業を頑張ってくれる人材は重宝がられました。

その頃の営業体制はメーカーへの直販部隊と下請け部隊に分かれていましたが、下請け部隊が会社を支えていましたし、既存顧客の拡販に成功して業績を伸ばすこともできました。

そうなると経営者も印刷会社の本来の姿に気づき、新たに印刷関連機械を導入するなどの印刷会社としての設備投資をするようになったのです。

実際私が先頭に立って既存顧客の営業に力を入れたのは、当然ですが、印刷こそが強みであり、DTPによって納期短縮というのが新たな強みだとわかったからです。

DTPによってゼロから仕事が創れるということは確かに印刷会社にとっては魅力でしたが、お客さんが求めているのは「広告が創れること」ではなく「効果的な(品質の高い)広告」なので、印刷会社は苦しくなったのです。

ところが、下請け印刷会社として使っていた広告会社は、一つの広告物を完成させるのにこれまで細かく手配をしなければならなかったところが印刷会社だけで済むようになったので、大変価値が高まったというわけです。

私はこのことから、自分達の強みや価値は何か、それが最も活かされる顧客とは誰なのか、そして既存顧客への取組み、マーケティングの重要なポイントを身を持って学ぶことができました。

マーケティングの重要性と難しさ

しかしながら、リストラによって、またしてもこのS社からも学ぶべき職人さんがいなくなり、また「マーケティング」というものについて学びたいという思いがふくらみ、S社を辞めることにしました。

3社目のP社は広告印刷物がメインの「広告制作会社」でしたが、設立してまだ4年というベンチャーでした。

P社も大阪の会社ですが、私が入社する直前に東京に営業所を作ったばかりで、東京の人手が欲しいということで、初めて東京で働くことになりました。

その後、この東京営業所の立上げ、名古屋営業所の立上げも行い、そして最終的には東京の責任者、役員として会社経営も経験することができました。

A社、S社は広告企画や販売促進に関する仕事も積極的に取組み、印刷会社から広告制作会社に脱皮しようとしていた印刷会社でしたが、P社は印刷物がメインでしたが、広告に関するものはできる限り取扱うという姿勢の「広告制作会社」でした。

マーケティングについても、知識や経験は少なかったのですが、マーケティングの本質を実践していこうとする姿勢はありました。

ただし、このP社においてもその気づきや学びというのは会社の経営者とその経営を反面教師として得られました。

確かにこのP社はマーケティングの一部を実践する「広告制作会社」でしたが、「マーケティング=営業・販売」に偏った会社でした。

bd3bd9d7e7f262631f5bdc6783795626_s分かり易く言えば、広告はすべての会社において必要な活動ですが、必要とされる具体的な手法は会社によって異なってくる、ということを無視をして「必要なものだからこの広告を買いなさい」と押し売りをしていました。

また、広告商品、例えばチラシやPOP、会社案内やカタログといったものを「作る」こと「売る」ことが目的になっており、それによって得られる「利益」の拡大こそが目標になって、お客さんのマーケティング支援と発展は二の次、というよりも全く念頭から失われていました。

この結果、資金力のある会社、広告商品を買ってくれるところだけがお客さんであり、資金力・営業力の無い、本来広告やマーケティングが必要なお客さんを置き去りにした経営になっていました。

会社内においても広告を獲得すること、利益を上げることが第一の目標になり、その結果が評価になるので、自腹を切ってでも架空の売り上げを計上する、いわゆる「自爆営業」まで起こる始末でした。

P社がマーケティングを一部実践していると言ったのは、自分たちの顧客は誰なのかを考え、そのニーズを知ろうとし、求められる価値を創造して供給する、ということを考えて実践をしていたからです。

ただし、マーケティングの理解が浅く、「売る」という自分達側の行為に集中してしまったこと、結果的にはS社と同じ顧客を無視した「プロダクトアウト」に陥ってしまったのです。

私はだからこそ、P社の経営者が社員に言う「マーケティング」というものに疑問を持ち学ぶことができましたし、経営に参加する中で、経営者のマーケティングの誤解が如何に社員を不幸にしてしまうのかを理解することができました。

私はその後、改めてマーケティングを勉強し直し、本来の、そして今日の広告が果たすべき使命、仕事をするために独立を決意しました。

 

「自律」の重要性と必要性

ここまでが現在に至る私のプロフィールです。

最後まで読んで頂いてありがとうございます。

私はこれまでの印刷、広告制作会社での経験から、以下の気づきを得ました。

・すべての経営及びすべての仕事において「自律」した取組みを目指すこと

・「自律」した取組みのためには「マーケティング」が必要であること

・IT(情報技術)はコスト面からもすべての経営活動の「生産性向上」のためには必ず活かすべきもの

・規模の小さな会社ほどインターネットとパソコンを使ってのマーケティングを積極的に行わなければならない

・すべての経営活動はマーケティングによって関わる人(顧客、パートナー、従業員、地域社会など)すべてが「満足」できるようにしなければならない

 

私が規模の小さな会社やパソコンなどが苦手で敬遠されている方向けにITを使ったマーケティングの導入支援をする理由は、ITもマーケティングもどちらについても、これまで苦労された方をたくさん見てきましたし、今まさに苦労されている方もたくさんいるからです。

最近「情報弱者」という言葉を耳にします。

これは必要な情報が行き届かない環境にいて不利益を被っている人という意味であるべきですが、どちらかと言えばITやインターネットがうまく使いこなせない人に向けた言葉のようにも聞こえてきて、とても不愉快です。

しかし実際にうまく使いこなせないでいる人も事実です。

そして、マーケティングもそもそも企業だけのものではなく、何かを必要としている人たちすべてで行われるものであり、それぞれが必要としている価値がスムーズに(効率的に)交換できるようにするためのものです。

だとすれば、ITやインターネットといった技術はマーケティングにとって必要不可欠であり、苦手としている人をサポートすることが今日の広告業に携わる者の使命だと思います。

繰り返しますが、広告などマーケティングというのは、私がいた広告会社や印刷会社にお願いすれば大変なお金がかかります。

しかし、マーケティングの本来の目的はお金をかけて広告をつくることではありません。

0f549c29f20cca5917583323a0d7c892_lパソコンとインターネットを使って自分達でマーケティングを行えば、費用はほとんどかからない上に、顧客(市場)が必要としているもの、また自分達の「強み」がわかり、自分達のその価値を届けるべき相手がわかるようになります。

私は今後ITを使った「自律型マーケティング」についてブログでお伝えしていきます。

ポイントは「既存顧客への取組み」と「全てのニーズを得られる仕組み」です。

もし、興味がおありでしたら是非ご連絡下さい。

 

TAO(Total Advertising Office)
代表コーディネーター 寺内不二郎